光源氏はどんなものを食べていたのか?(平安時代の貴族の食事)

平安時代の貴族である光源氏は一体どんな食事をしていたのでしょうか?
今から1000年以上も前の日本の上流階級(しかもその中でも最上級の殿上人)は何を食べていたのかを調べてみました。

光源氏が食べたものはどんなものだったのか?

お粥と強飯(こわめし)

朝になっても光源氏が二条院で寝ていると、頭中将(とうのちゅうじょう)がお見えになり、「ずいぶんと朝寝をなさるのですね。」と言います。(さては女の所にでも通っていたかな・・・色男め・・・)とか内心考えながら「わけありのようですね」と話します。光源氏は起きて、「独り寝だったので、気が緩んでついつい寝坊してしまいました」とおっしゃいました。(わざわざ独り寝だったと言い訳してますよ~(;´Д`))

そうして頭中将(とうのちゅうじょう)と一緒に朝ごはんを食べることになりました。

「さらば、もろともに」とて、御粥、強飯召して、 客人にも参りたまひて、

とあります。

「では(宮中へ)一緒に行きましょう」と言ってお粥、強飯(こわいい、こわめし)を頭中将(とうのちゅうじょう)にも差し上げた。

お粥っていうと、今と現代のお粥と一緒なのか?というと、その通りのようです。ただし、

  • 固粥(かたがゆ)は現代のご飯と同じ。
  • 汁粥(しるかゆ)は今で言うお粥と同じ

だそうです。つまり、ご飯を鍋に入れて水で炊いたものを粥と呼ぶようです。水の分量が多いか少ないか?という事ですね。

そして、強飯(こわいい)というのは、水で炊いた米ではなく、蒸したお米のことをいうようです。

私は調べていて初めて知ったのですが、強飯(こわいい)だから、おこわなのか!!と・・・。栗おこわとか、山菜おこわとか、よく特別な日に食べたり、和食のお店なんかにも出たりしますよね~。

あの、もち米のモチモチっとした美味しいごはん!!

「こわいい、こわめし」にちょっと上品に可愛らしく”お”をつけて、おこわ(御強)。なんて言っていたのですね。

現代では、おこわはモチ米で作られますけれど、平安時代ではうるち米で作ることも普通だったようです。

ということで、

光源氏の朝ごはんは、「お粥」と「おこわ」・・・。

・・・どっちもご飯~~~!!

今でいうなら、おにぎりとお粥。的な朝ごはんですよね(-_-;)

当時は普通だったのでしょうか・・・。もしくはなんてったって貴族なんだから、好きな方を召し上がれ。って感じだったのでしょうか。

源氏、鮎をふるまう

いと暑き日、東の釣殿に出でたまひて涼みたまふ。 中将の君もさぶらひたまふ。親しき殿上人あまたさぶらひて、 西川よりたてまつれる鮎、 近き川のいしぶしやうのもの、御前にて調じて参らす。

六条院の釣殿(つりどの)で食事をする場面です。
とても暑い日だったので、光源氏は池のそばに建てられた釣殿(つりどの)で涼んでいました。そうしていると、源氏の息子である夕霧(ゆうぎり)や仲の良い殿上人もやってきました。

  • 西の川からとってきた鮎。
  • 近くの川でとれたいしぶしのような魚。

を目の前で調理させた。

とありますが、さすが貴族って感じですね。
家の中に川があって、そのそばの建物で納涼しながら、魚を調理させてふるまうなんて、大金持ちだなあ。

ちなみにいしぶしとは?

《小石の多い水底にいる魚であるところから》

1 ウキゴリの別名。

2 ドンコの別名。

.3 ヨシノボリの別名。

だそうです。

大御酒参り、氷水召して、水飯など、とりどりにさうどきつつ食ふ。

お酒を飲んで、氷を召し上がって、水で浸した強飯(こわめし)をお食べになったようです。

この氷なのですが、これこそ貴族!貴族中の貴族ですね。
冬の間においておいた氷を夏にいただくのです。

うだるような夏の暑い日に、この氷は超ぜいたく品だったでしょう。
きっと使用人も氷を取りに行くときには、ペロっとちょっとだけなめているに違いない・・・とか当時の状況を想像してしまいました。

そして、水飯=水で浸した強飯(こわめし)に関しては、どう想像してもあんまり美味しそうには感じられませんが、夏の暑さですぐ腐ってしまうので、仕方がなかったのか?はたまた、夏の暑さにぴったりの食べ方だったのか・・・!?

暑い時はあったかいご飯を食べる気がしませんからね(~_~;)
冷製パスタのような感じで、冷製ごはんを食べていたのかもしれないですね。


スポンサーリンク

三日夜(みかよ)の餠

葵の上が亡くなってしまい、光源氏は悲しく辛い思いで、二条院に戻ってきました。
すると、久しぶりに会った紫の上が、成長して大人っぽくなっていたので、二人は結婚することとなりました。

3日間、紫の上のもとに通い、3日目に三日夜(みかよのもち)を一緒に食べるのです。

あくる日、惟光(これみつ)が用意して結婚の儀式を行いました。

今も昔も、お餅というのは、ハレの日に食べる特別なものだったのですね。

貴族の宴会時の食事

  • スープ
  • みそ
  • 麦縄
  • 白飯
  • あわびのウニあえ
  • 里芋の煮物
  • 寒天
  • 鴨のなます
  • 唐菓子
  • 果物

さすがに豪華ですね!!
光源氏も宴会の時にはこういった食事を食べていたんでしょうね。

麦縄というのは、小麦の麺のことで、これから現代の素麺になっていったそうです。
最近では麦縄菓子なるものがあるそうで・・・一度食べてみたいものです♪

感想

当然なのですが、1000年以上も前からお米は日常的に食されていたのだなあと改めて思いました。
今では主食・米文化もパン食に押されつつありますが、それでもまだまだ主食はお米です。

お米もお餅もほぼ味がないからこそ、美味しく食べ続けられるのかもしれません。
(ほのかな甘みとかありますけども)

糖質制限ダイエットのことが頭をよぎりますが、お米が美味しいと、もう箸が止まりません・・・私の場合は、お米が美味しい時はたいがい太るんですよね。

そして、今とそんなに変わらない食べ物を食べていたことは意外な感じがしました。

給食の話をすると盛り上がるように、光源氏や平安時代の人々が食べていたんだ~と思うと、親しみが増して(里芋の煮物とか)妙にありがたく、美味しくいただけます(^^♪

こちらもどうぞ♪

源氏物語の夕顔 性格や年齢は?モテる秘密

源氏物語のあらすじ~桐壺1~


スポンサーリンク

コメントを残す