源氏物語の桐壺の更衣へのいじめはどんなものだったのか?

宮中にはたくさんの妃がいたにも関わらず、帝から誰よりも愛されて、特別扱いをされていた桐壺の更衣。

身分が高くなかったので、他の女御や更衣達から嫉妬されていじめられて、

心労で亡くなってしまった。とあります。

一体どんないじめだったのでしょうか。

桐壺の更衣について

 

・桐壺の更衣のお父さんは「大納言」でした。

・亡くなる直前まで、娘を宮仕えさせるように。と桐壺の更衣の母に頼んでいた。

・後宮では「皇后→中宮→女御→更衣」という身分の階級がある(だから桐壺の更衣。というんですね( ..)φメモメモ)

・光源氏の母。

・光源氏3歳の時に亡くなる。

 

 

帝の寵愛

いじめられて可哀想な姿がより一層いじらしくて、可愛らしく思えてしまい、余計に好きになってしまった。とあります。

「夜だけでなく、昼もそばにおいておき、離そうとなさらない」

また、帝に仕えるもの達は「政治がおろそかになってしまう・・・」

と心配になるほど、帝は桐壺の更衣に心を奪われていました。

なぜいじめるのか?

当時は、娘を後宮に入れて、帝の子供すなわち皇太子を産ませて、帝の祖父として実権を握る。

という方法で権力を得ていたのです。

ですので、下級貴族であっても何とかして宮仕えをさせて帝に見染められるようにあらゆる手段で娘をバックアップしました。

家を背負って宮中に来ているわけですから、帝に気に入られるかどうか、恋愛云々どころではありません。

恋愛の嫉妬というよりも、人生の、家族の、子孫のために「負け」られないのです。

それはそれは悔しくて仕方がなかったでしょう・・・(T_T)

そして、帝の子供(光源氏)を授かってからは、権力を奪われてはいけないと焦った女御はよりいじめがエスカレートしていった。とあります。

どんないじめだったのか?

こちらの図の上にある淑景舎(桐壺)から帝がいる清涼殿のところまで、桐壺の更衣は夜になると呼ばれるわけです。

それぞれの部屋に妃たちがいるのですが、桐壺の更衣は身分が低いので、一番はしっこの部屋をあてがわれたのですね。

そして、夜になると(しかもいつも帝は桐壺の更衣をご指名なさるので)女達がいる各部屋の横を通って、帝のいる清涼殿に行かなくてはいけません。

桐壺の更衣も辛いですし、他の女御や更衣達も自分は呼ばれないので、悔しかったことでしょう。

 

・汚物を廊下にまき散らし、桐壺の更衣やお付きの女房達の着物の裾を汚して、帝のもとへ行けなくした。

・渡り廊下を渡っている時に前後の廊下の戸をしめて、閉じ込めた。

 

らしいです。

これは、まあ、完全にわかりやすいいじめですけど、こちらをチラチラ見ながらのヒソヒソ話とか、無視するとか、蔑んだ目で見てくるとか、色々あったんじゃないでしょうかね。

こういういじめも、お父さんが生きていれば色々支えてくれたりもしたのでしょうけど、それを一人で耐え抜かないといけない桐壺の更衣は苦しかっただろうと思います。

ところで、汚物ってなに?って感じなのですが、当時はトイレなどなく、入れものに用を足して、それを使用人が捨てに行っていたそうなので、おそらくそれを廊下にぶちまけたのではないだろうか。

と言われてますが、わりとえげつないですね・・・(;´Д`)

お風呂とかも入らない習慣だったそうなので、裾についたとか、現代の神経質な人だと失神ものですね。

帝から一途に愛してもらえるなんて、素敵!!なんて、乙女な想像をしていましたが、

帝には、それぞれに愛想してもらえるとありがたいな。と今なら思えます・・・(´・ω・`)

 

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